2009年06月29日(月)
TKGに見る恐るべき日本の食文化 [B級グルメ]
TKGに見る恐るべき日本の食文化
みなさま、お久しぶりです。当分のあいだWebLogを更新していなかったので、ついには周りにお叱りを頂く始末で、久しぶりに書くことにしました。美容外科サイトでは、院長ブログを導入するのは経費を抑えた有効な営業広告ということで、みな挙って院長ブログをせっせと書込んでいるみたいですが、私は何故かWebLogは性に合わないんですよね。昔から人前で壇上に立って話をしたりすることを大の苦手としている人間なので、ましてや自分の主義主張を積極的にworld wide webに乗せて世界に発信するなどということは私にとっては、無謀極まる行為に等しく感じるのです。日々の生活を徒然なるままに書込むほど暇でもないため、それを良い口実に更新を逃げてきたのですが、それでも周囲からの圧力に耐えかねて、またぼちぼち書くことにしました・・・。
話がかなりボヤキに近くなってきましたので、そろそろ今日のお題目の「TKG」に移りましょう。先日、TKGを楽しむために久しぶりに車で三宮を離れました。TKG・・・なんだそりゃ? と思うあなた、すでに時代から取り残されてますよ〜。そう、TKGとはポストAKB48を目指し新たに結成されたアイドルユニットのことなのです・・・・・。というのは真っ赤な嘘です。
TKGとは「たまご(T)かけ(K)ごはん(G)」のことです。今巷ではTKGという略語になってしまうほど、ブームになっているのです。この卵かけご飯を食するため豊岡市但東町まで行ってきました。往復250km、往復約5時間の日帰りツアーでした。えっ、そんなに遠くまでわざわざ卵かけご飯だけ食べに行ったわけはないだろうって? いえいえ、ほんとにそれだけのために行ったのです。現地滞在時間は卵かけご飯を食べた30分です。「そんなもん、家で食べりゃいいだろ!」と言われるかもしれませんが、たかが卵かけご飯、されど卵かけご飯なのです。ワインで言えばご存知のように、アペラシオン、葡萄品種、ビンテージの違いによって個性が変わるように、卵かけご飯に使用する卵、米、醤油だって、「うんちく」を語れるほど地方色豊かな様々な特色があるのです。私が今回行った「たまごかけごはん但熊」という店は、すばらしく美味しい卵かけご飯を食べさせてくれることで有名な店なのです。
福知山から国道9号線山陰道を進み、途中国道426号線に入り、そこから16kmほど北上した道路沿いにあります。農産物直売所「百笑館(ひゃくしょうかん)」が目印です。椅子が15脚の小さな店です。もちろん、気の利いたウエイトレスなどいる訳も無く、レジ奥の厨房におばちゃん二人がいるだけの店です。私は卵かけご飯定食の大盛を注文しました。もちろん、卵かけご飯自体は自分で作ります。主役の卵は但東町栗尾産の赤玉「くりたま」、ご飯は有機肥料で栽培された「夢ごこち」を使用した絶品の卵かけご飯です。卵は何個でも使ってね、トッピングの刻みネギも好きなだけどうぞ、というわけで自分なりに作ってみました。私は家では、卵、ご飯、醤油というシンプルなスタイルを好むのですが、ここでは刻みネギと海苔のトッピングで食してみました。卵は使いたい放題なので、家では贅沢すぎてその使用をはばかられますが、ここぞとばかりに、2個使用させていただきました。「あー、贅沢すぎるよー(BOSSの贅沢微糖のCMの伊藤淳史のように言ってください)」、と1杯の白ご飯に2個の卵を使える幸せをしみじみと感じた次第です。さてお味はというと・・・、「うーーーーーん・・・、まいうーーーー!(これは、元祖でぶやの石塚英彦を思い浮かべてください)」。ほんとに「感動した!!(これは、小泉元首相が大相撲夏場所優勝の横綱貴乃花に言ったときのように元気にお願いします)」です。シャキシャキご飯が生みたて濃厚卵の卵黄でつやつやに輝いてます。新鮮な刻みネギの香りが、とろけるような甘みのなかで決して出しゃばらない絶妙のスパイスになっています。あまりの美味さにご飯のおかわりを注文し、さらに卵を2個使用するという暴挙に出ました。2膳目でも、その美味しさはやはり変わらず、最後の一粒までペロリと食べちゃいました。3膳目もまだまだ行けそうでしたが、さすがに毎日ワインをドーピングし続けているためコレステロールが慢性的に高くなってしまっている我が身を自愛し、断腸の思いで諦めた次第でございます(ちと大袈裟か・・・)。そんなこんなで、わずか30分程度ではありましたが至福の時を過ごしたあと、遠路神戸への帰路についたのであります。
しかし、こんなに簡単に楽しめる卵かけご飯なのですが、米飯を食する海外諸国でもその存在を聞いたことはありません。さらになぜこんなにおいしい卵かけご飯というものが、ヘルシー志向という理由で日本食ならなんでも受け入れる海外で存在しないのか?その答えは「卵」そのものにありました。
卵はサルモネラ菌の汚染を受けやすい食材です。サルモネラ菌はグラム陰性桿菌で動物の腸管に生息する腸内細菌で、家畜類の腸管内の常在菌です。鶏の消化管に寄生したサルモネラ菌は卵殻を汚染するだけでなく、卵巣にも寄生するため卵殻内の卵白や卵黄まで汚染することが知られています。この汚染された卵を摂取することにより食中毒を起こすのです。こうした理由で日本以外では卵は「生食用」を前提としては生産されていません。ただサルモネラ菌は熱に弱く、70度、1分程度で死滅するので、海外では一般的に加熱調理用の食材になっているのです。日本では、生食を可能とするため生産、流通の各段階で徹底した衛生管理のもとにサルモネラ菌対策を行っているので、安心しておいしい卵かけご飯が食べられるわけなのです。
日本では、野菜はもちろん魚、牛肉にいたるまで、ほぼあらゆる食材を生(ナマ)で食べることができます。食材そのものの美味しさを最小限の調理法で楽しむすべを知っています。しかし、これは生(ナマ)で食べるための努力、工夫をしているからなのでしょう。もちろん、たとえ火を入れる料理でも、食材が細菌で汚染されていたり、鮮度が落ちたもので良い訳はありません。日本では生でも焼いても素材が持ち合わす本来の風味を生かす調理法や食し方にこだわるがために、それを可能にする質の高い食品衛生管理が必然的に発達したと見るべきでしょうか。
卵かけご飯というものがいつでもどこでも安心して食べられるという、「日本人の当たり前」は、すばらしい食文化度の高さでもあったのです。恐るべき卵かけご飯、いや恐るべき日本の食文化であります。
Posted by ア。トケ チスイ賈 at 13時23分 パーマリンク
2008年05月08日(木)
里親を待つワイン達 [ワイン]
今回は私の好きなワインことをお話しようと思います。
昨日の新聞に、大阪港湾局の事業のひとつで、今年の3月をもって閉館した「ふれあい港館ワインミュージアム」の行き場の無くなった157本、総額565万円にもおよぶワインコレクションの問題が取り上げられていました。
この大阪南港にあった「ふれあい港館ワインミュージアム」は南港コスモスクエアの集客施設のひとつとして第五次ワインブームの只中1995年にオープンしたものです。大阪港と世界の姉妹港との交流の歴史を紹介する展示室やワインミュージアムを併設し、ワイン作りの歴史をジオラマを使ってわかりやすく紹介していました。私も3〜4回訪れたことがありますが、ワイン好きにとっては楽しい施設でした。ただ、御多分に洩れず、三セク破綻により今年3月をもって閉館することになったのです。行ったことがある人はその施設の大きさや現代的で斬新なデザインに圧倒されたことでしょう。ただ、開館当初から平日などは館内に人は少なく、入館料を払って、帰りにワインショップで何本かワインを買って帰ったとしても、この施設の膨大な経費を果たして賄うことができるのだろうかと疑問に思ったことを今でも覚えています。どういう発想とコンセプトで南港=ワインという図式が成り立つのか、私には理解できませんでした。このような巨大施設で採算をとるには、立地や施設の充実度はもちろんですが、それ以前に日本のワイン人口やワイン消費量を考慮する必要があります。ワインの消費量は開館した1995年で成人一人あたりわずか年間1.2リットル程度です。ワインブームとは言え決してワイン人口は多くはありません。ちなみに私の年間ワイン消費量は150リットルから200リットルくらいです。たぶん酒豪でワイン好きなら年間300〜400リットルくらい消費する人もいるでしょう。このくらいワインが好きになるとたぶんワイン関連のイベントやこういったワインミュージアムにでも行ってみようかという気になるのでしょうが、ワインに興味の無い人はもちろんですが、一年に数える程しかワインを飲まない人が南港まで足を運ぶことなどとても想像できません。仮にこれがワイン関連の施設ではなくワインよりはるかに消費量が多いビールや日本酒のミュージアムだったとしても破綻という結果は変えられなかったと思います。ただワインミュージアムよりは投資した税金を多少なりとも多く回収できたかもしれませんが・・・。ただその時に空前のワインブームだったということを唯一の根拠に、こんな場当たり的計画を立て、血税を存分に注いで、この「ふれあい港館ワインミュージアム」は建設されたのでしょう。
ところで、このワインミュージアムをオープンするにあたって、これまた闘魂ならぬ血税を注入して565万円分もの希少なワインをこのミュージアムの目玉展示物として購入したのですが、閉館にあたりその処分方法に困っているらしいのです。ちなみにこれら157本のワインの中には1900年Chateau Margaux、1926年Chateau Latour、1945年Chateau Mouton Rothschild、1949年Chateau D'Yquem、1949年Chateau Petrus、1953年Chateau Cheval Blancなどが含まれているとのことです。関係者の話では、オークションにかけて売却を検討しているが、「食の安全」が問題にされている中で、品質を保証できるかわからないので話が進んでないということです。私は記事のこの部分を読んだ時、ある種、社保庁のずさんな年金記録問題と同じたぐいの遣る瀬ない気持ちになりました。これほどの、ワイン愛好家なら泣いて喜ぶようなコレクションをオープン当初の限りある予算の中で厳選して購入して、かつ品質を保持するために1日にワインセラー入れる人数まで制限して、多大な電力を使い通年12〜14℃、湿度70〜80%に維持してきたのではないのか。購入する時も、信頼できるのインポーターから購入したのではないのか。品質維持のために莫大な税金を投入して、とどのつまりが「品質を保証できないから売りたくても売れない。」とは・・・。
この行き場を失った「血税ワイン」を維持するため、閉館後の今も多大な電力と人件費を使い厳重に管理されています。1900年Chateau.Margauxや1945年Chateau Mouton Rothschildなら現在、取引相場は1本130〜150万円、1926年Chateau Latourなら70万円くらいです。1995年の購入当時に比べ現在のワイン相場は高騰しているため、購入時の2倍以上の価格で十分売却が可能と考えます。これほどのワイン達は「飲める」「飲めない」に関わらず、既に存在自体が文化遺産なのです。もちろん売却したとしても大阪市の財政状況が改善するとは思いませんが、税金を使い続けてやむを得ず保管されるより、このワイン達に愛情を注いでくれる人たちに引き取られることをただただ切望します。
Posted by ア。トケ チスイ賈 at 17時03分 パーマリンク
2008年02月28日(木)
うるう日を考える。 [季節]
みなさまご無沙汰しております。今年になってブログを書くのはまだ2回目です。ルネッサンス美容外科のサイトの中に、「院長ブログ」などという大層なものを設置したものの、毎日の慌ただしい診療、手術生活にかまけて、なかなかブログというものは書けないものですね。もっと寸暇を惜しんで書かないといけないなと反省している今日この頃です。よく「もし、1日が25時間だったらどれだけいいだろう。」なんてまじめに考えてしまいます。1日1時間増えるということは、1年で15日も増えてしまいます。あー、そんな贅沢なことは言いません、せめて1年が1日でも多ければ・・・。あっ、でも今年は大丈夫です。そうなんです。「うるう年」なんです。だから、そんなそんな慎ましやかな希望なら、神様ならぬグレゴリオ暦が叶えてくれるのです。うるう日、2月29日があるとちょっぴり得した気分になってしまうのは私だけでしょうか。でも実はこの1日、言わば「税金の還付金」みたいなもので別に得しているわけではないのです。太陽の平均公転周期は365.242199日なので、1年が365日だと、私たちは毎年0.242199日=5.812776時間分、「時間損」をしているのです。4年で0.968796日=23.251104時間の累積損が出ます。このため4年に1回、前払いしていた約1日分の時間を1日分として一括返済してくれるのです。
でも、この返してもらった24時間は、正確には「返してもらい過ぎ」なのです。つまり、4年で0.968796日の時間損に対して、1日返してもらうと「1-0.968796日=0.031204日=0.748896時間=44.93376分」も、もらい過ぎになってしまうのです。これはすごく得した気分。この調子でいくと、うるう年は100年で25回あるから、100年生きると0.031204日×25回=0.7801日=18.7224時間の得になるぞ。と喜ぶのも束の間、実はうるう年は100年に1回の割合で存在しないのです(正確には西暦が100で割り切れる年)。つまり100年で24回しか「うるう修正」しないんです。ということは、100年頑張って生きても結果的に0.2199日=5.2776時間の時間損があるのです。しかし、このままでは永遠にこの払い過ぎの時間は増えていってしまうので、さらに西暦で100で割り切れる年でも400で割り切れる年は特別にうるう年を設けるのです。この400年に一度の操作の結果、逆に再び「ちょっぴり時間のもらい過ぎ現象」が起きるのです。グレゴリオ暦では400年で+0.1204日の時間得を生じることになるのです。ということは3322年でようやく1日だけ得をすることになるのです。はぁー、3322年生きてようやく1日の得なんてほんとに気の長い話ですよね。
3000年生きたらクレジットカードよろしくポイント制度で、無料で一日プレゼントってところですか。でも人間の一生は頑張ってもせいぜい100年、この場合100年で43分だけもれなくプレゼントされるといったところでしょうか。
こんなことを考えた時、100年生きて1時間足らずの時間をあてにするより、今生きているこの瞬間の1時間というものがいかに貴重なものかを認識して、密度の濃い時間にすることが大切ですよね。
明日は2月29日、4年に1度しかない日付、有意義に過ごしたいものですね。
Posted by ア。トケ チスイ賈 at 00時35分 パーマリンク
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